2026年7月11日から9月6日まで、栃木県立美術館で開催されている「ゲームと美術 信長の野望/コーエーテクモゲームスの野望―インタラクティブ・アートの誕生」は、『信長の野望』シリーズを美術的な文脈から再評価する展覧会である。栃木県足利市を創業地とするコーエーテクモゲームスの代表作を題材に、ゲームを高度なデザインによって表現された「作品」として捉え、プレイヤーの操作とシステムの応答による体験を「芸術体験=鑑賞」として考えようという意欲的な展覧会である。
本展が重要な参照点としているのが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)によるビデオゲームの収集である。MoMAは2012年以降、ゲームをインタラクション・デザインの一部として位置づけてきた。「Never Alone: Video Games and
Other Interactive Design」など、その後の展覧会でも、視覚表現だけでなく、人間がシステムとどう関わるかという観点からゲームを扱っている。
私はゲームを美術・デザイン、あるいは美的経験を生み出す表現と呼ぶことに異論はない。しかし、ゲームをあえて「美術」と認定する必要性は、それほど感じていない。ゲームの文化的価値は、美術という既存のカテゴリーに加えられることで初めて生まれるものではないからである。むしろ本展から考えたいのは、美術館でゲームを扱うことで、制作の何が明らかになり、何を将来へ残すことができるのか、という点である。美術館の強みは、完成した商品だけではなく、その制作過程や周辺資料を長期的な時間軸に置き、検証可能な文化資源へ変えていくことにある。
「可能性の空間」をつくる
私自身は『信長の野望』シリーズの大ファンである。これまで選択できるタイトルでは、最弱勢力の一つとされる宇都宮家を選び、天下統一を果たす程度にはやり込んできた。そんな私にとって、会場に並んだパッケージ原画は、武将の人物像と戦国時代の世界を一枚に凝縮したイラストレーションとして十分に見応えがあった。しかし、『信長の野望』の創造性はグラフィックだけにあるのではない。領国や武将の状態はさまざまな数値によって可視化され、プレイヤーは内政、外交、軍事、人材登用などについて判断を重ねながら、ゲーム内のシステムへ働きかけていく。もちろん選択肢がどれほど複雑化し、天文学的な数の選択結果があっても、その反応はプログラムされた規則の内部にある。これはゲームの限界というより、ゲームデザインが成立する必須条件である。その創造性は、プレイヤーに無限の自由を与えることではなく、戦国時代という複雑な歴史を有限の数値と規則へ翻訳し、その枠内で「宇都宮家が武田家を滅ぼした!」「こんな歴史もおもしろい」と感じさせる編集、ゲームデザインにある。
武将の能力をどう数値化するのか。経済、軍事、地理、人間関係をどう結びつけるのか。史実をどこまで尊重し、どこからゲームとして改変するのか。私は、こうした「可能性の空間」を設計するところに、ゲームクリエイターの重要な創造性があると思う。
2026年7月25日に開催された関連イベント「ゲームは美術となり得るのか」には、美学・ゲーム研究の吉田寛氏、『信長の野望』シリーズIPプロデューサーの小笠原賢一氏、本展担当の武関彩瑛氏が登壇した。※以下の内容については、提供いただいたアーカイブ映像を視聴した。
小笠原氏は、1983年から40年以上続くシリーズについて、領国経営、武将の顔グラフィックと能力値、全国一枚マップ、3Dマップなど、多くの要素を加えながら、シリーズ固有の「お約束」を保ち、戦争、領国経営、人材登用など異なる要素のバランスを取ってきたと説明した。武将や合戦を表現する際にも、歴史研究のみを追求するのではなく、小説、漫画、映画などによって形成されたパブリックイメージを踏まえるという。学術的な実証に基づく人物像だけでなく、社会のなかですでに共有されている人物像との間を調整することも、歴史ゲームをつくる重要な編集作業なのである。
吉田氏は、『信長の野望』には、自分でIFの歴史小説を書いていくような喜びがあると指摘した。戦国大名、あるいは武将という役割は与えられているが、その枠内でプレイヤーは史実とは異なる歴史を紡ぐことができる。この指摘は、私が「可能性の空間」と考えていたものを、別の角度から説明してくれるものだった。
もう一つ興味深かったのが、ゲームにおけるルールと自由をめぐる議論である。吉田氏は、ゲームにはルールがある一方、そこからはみ出すこと自体もプレイ時の喜びになると述べた。武関氏は、『信長の野望』は特にルールと自由の往還がしやすいゲームであり、美術鑑賞にも、一定の知識や定説を参照しながら、鑑賞者が自ら発見し楽しむという共通性があると指摘した。ゲームと美術鑑賞を同じ構造とみなすことには慎重でありたいが、この説明にはある程度納得した。既存の規則の内部で、別の遊び方や解釈を発見するという点は、両者の関係を考えるうえで興味深い。
そう言えば、かつての『信長の野望』には、暗殺を繰り返して有利な状況をつくる「はめ技」や半ばズルに近い攻略法もあった。また、私自身が弱小勢力の宇都宮家をあえて選ぶことも、ある種の「縛りプレイ」といえるだろう。また、天下統一や自国の経営は適当にして、茶器の収集を最優先して遊んだこともあった。与えられたルールの内部に自分で別の条件や目的を持ち込み、想定された遊び方からずれることも、ゲームの楽しさなのである。
ゲームを展示する難しさ
一方、ゲームそのものを美術館で展示することには、本質的な難しさがある。ゲームは、プレイヤーが任意に時間を費やし、操作、失敗、試行錯誤を重ねることで成立する。とりわけシミュレーションゲームは長い時間を必要とする。関連イベントで吉田氏も、こうした時間的な体験と、比較的短時間で作品を見て回る美術展示との相性の悪さを指摘していた。舞台や音楽も時間芸術だが、基本的には始まりと終わり、作品の進行を観客が共有できる。それに対してゲームでは、プレイヤーごとに費やす時間も、選択も、経験する出来事も異なる。その意味では、ゲームの全体を一定の展示空間と観覧時間のなかで提示することは、舞台や音楽以上に難しい。
本展では、大画面や三面のスクリーンを使って歴代タイトルを紹介し、プレイ画面に解説を加えるなど、この難題に対して相当な工夫がなされていた。映像はゲームの進行を効率よく伝えられるが、プレイヤー自身が判断し、その結果を引き受ける経験までは代替できない。一方、実際にプレイさせても、短時間の試遊だけではシミュレーションゲームの面白さを十分には伝えられない。映像、実機、原画、制作者の証言、制作資料をどう組み合わせるか。ゲームを展示するとは何を展示することなのか。その問題自体が、今後考えていくべき課題だと思う。
制作の判断を、資料と証言として残す
私が特に重要だと考えるのが、ゲームデザイン上の判断が形成される過程を残すことである。初期企画書、仕様書、武将の能力値表、マップ設計図、試作画面、没案、デバッグ資料、歴史考証に使われた文献などを見ることができれば、制作者の思想が数値、規則、画面、プログラムへ落とし込まれていく過程を、より正確に検証できる。想定外の攻略についても、開発段階で気づいていたのか。不具合として修正したのか。それとも、新たな遊び方として許容したのか。そうした記録が残れば、制作側とプレイヤー側との往復によってゲーム文化が形成されてきたことも、より具体的に見えてくるだろう。ただし、こうした中間制作物は、完成したゲームソフトや商品パッケージに比べて、そもそも保存すべきものとして作られていない。文化庁が2025年に「中間生成物等の保存・活用に関する相談窓口(アニメ分野・ゲーム分野)」を設けたこと自体、この種の資料を残すことが現在進行形の課題であることを示している。ゲーム分野の窓口はゲームアーカイブ推進連絡協議会が運営している。だからこそ、物的な資料と同時に重要になるのが、開発者へのインタビューやオーラルヒストリーである。本展で行われた歴代クリエイターへのインタビューは、その意味で大きな意義を持つ。どのような意図で新しいシステムを導入したのか、シリーズ固有の要素をどう残したのか、歴史研究とパブリックイメージをどう調整したのか。物として残らなかった判断の過程を、当事者の証言によって記録することができる。
さらに本展では、会期中にも展示が追加された。下野新聞の2026年8月6日付記事によれば、第1作を除く第2作から第16作までの織田信長の顔グラフィック15点、徳川家康らのラフ画と完成画を比較するパネル、開発者インタビューなどが新たに加えられた。来館者アンケートでグラフィックについて詳しく知りたいという声が多かったことなどを受けた追加だったという。これは重要である。とりわけラフ画と完成画を並べることは、完成したビジュアルだけでは見えなかった制作途中の判断を示すことになる。開幕時の展示を固定するのではなく、会期中にも資料を加え、制作過程をより具体的に見せようとした姿勢は、高く評価すべきだろう。
もちろん、証言だけですべてを確定することはできない。資料によって「何が行われたのか」を確認し、オーラルヒストリーによって「なぜそうしたのか」を探る。残された企画書や仕様書、試作版などと、開発者の記憶や証言を突き合わせることで、ゲームデザインの過程をより正確に記録することができる。
本展は、物的な制作資料と制作者の証言の双方から、ゲーム制作の過程を記録する方向へすでに踏み出している。そのことを評価したうえで、さらにその先を期待したい。
ゲームを未来へ残す
そもそも企画書や試作版、制作途中の記録が失われやすいことは、ゲームだけの問題ではない。かつて漫画の原稿やネーム、アニメーションの原画やセル画も、その価値を十分に認識される前に廃棄され、散逸してきた。私自身、幼少期に親戚からもらった『キン肉マン』のセル画を、価値も知らず切って遊び、やがて捨てたことがある。(今振り返れば、人生で最も取り返しのつかない工作体験である。)
ゲームにはさらに、ハードウェアやソフトウェアの旧式化、記録媒体やデータ形式の変化、オンラインサービスの終了、複雑な権利関係など、固有の保存上の問題がある。完成したゲームソフトだけを残しても、将来、それを動かし、当時の操作環境や通信環境を再現できるとは限らない。
文化庁は現在、マンガ、アニメ・特撮、ゲーム等の保存・活用や調査研究の拠点となる「メディア芸術ナショナルセンター(仮称)」の整備を進めている。2026年には、その初の収蔵予定資料として、ちばてつやのマンガ原画等7万点を超える資料の保管を開始した。今後はゲームを含む他分野についても中間生成物等の受け入れを進める方針が示されている。また、立命館大学ゲーム研究センターは、ゲームソフト、パッケージ、雑誌、書籍、パンフレット、ゲーム機器などを収集し、その所蔵情報を「RCGSコレクション」として公開している。同サイトの解説からも、ゲーム資料への研究・調査上のアクセスを整備する取り組みであることが分かる。こうした動きは重要な前進である。さらに日本のゲーム文化の規模と多様性を考えれば、企業を横断して資料を収集し、研究と利用に開く公共的なゲームミュージアム、あるいはそれに相当する機能も構想できるのではないか。
そこでは、ソフトやハードだけでなく、企画書、仕様書、試作版、没案といった中間制作物と、開発者のオーラルヒストリーをともに残す必要がある。また、実際にプレイできる環境やエミュレーションも考えなければならない。とりわけオンラインゲームは、サーバーや通信環境、運営時のイベント、他のプレイヤーとの関係まで失われれば、元の経験を再現することはできない。
企業には自社資料や開発者へ接近できる強みがある。一方、公共的な美術館、博物館、大学等には、複数の企業や作品を横断し、技術、デザイン、労働、ユーザー文化、時には失敗や摩擦までを記録する役割がある。両者の連携によってこそ、ゲーム文化をより多面的に残すことができるだろう。
本展は、原画の魅力だけでなく、制作者へのインタビュー、関連イベント、そして会期中の追加展示を通じて、ゲームデザインの形成過程を記録し、公開する方向へかなり踏み込んでいる。ゲームを美術館で扱うことはゴールではない。長い時間を必要とする体験をどう展示するのか。完成品だけでは見えない制作上の判断を、資料と証言によってどう記録するのか。そして、将来もプレイ可能な文化としてどう継承するのか。本展の意義は、ゲームを美術館に迎え入れたことだけではなく、そうした「その先」の問いを、展覧会という公共の場で示したことにあるのではないだろうか。 (宇都宮美術館 主任学芸員 小堀修司)
※関連イベントでの発言内容については、ご提供いただいたアーカイブ映像の視聴に基づく。展示の構成、過去のシリーズにおける攻略法、宇都宮家や茶器収集によるプレイについては筆者自身の体験による。
- 栃木県立美術館「ゲームと美術 信長の野望/コーエーテクモゲームスの野望―インタラクティブ・アートの誕生」
- 栃木県立美術館 関連イベント「ゲームは美術となり得るのか」
- MoMA “Interactive design”
- MoMA “Never Alone: Video Games and Other
Interactive Design”
- 下野新聞「栃木県立美術館『ゲームと美術』展 初期のドット絵も…織田信長のグラフィックを追加」
- 文化庁「中間生成物等の保存・活用に関する相談窓口(アニメ分野・ゲーム分野)」
- ゲームアーカイブ推進連絡協議会
- 文化庁「メディア芸術ナショナルセンター(仮称)初の収蔵予定資料」
- RCGSコレクション
- RCGSコレクション「このサイトについて」
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