今回は、獨協医科大学と宇都宮美術館の連携についてご紹介したいと思います。
このコラボは、大学病院での診療や学生教育に携わられていた森永康平さんが、医師に求められるスキルを磨くために、対話型鑑賞が役立つと考えられた事が出発点です。対話型鑑賞は、➀作品をよく見て、②言語化し、③他者の意見を聞き、プロセスを重ねていく事で、みなで作品を読み解いていく方法です。アート作品を医療や患者さんに置き替えてイメージして見ても、そのアプローチや姿勢には共通点や親和性があるようなのです。
少し話が飛びますが、作品の保存状態などをまとめたコンディション・レポートって、作品のカルテの様なものです。当然、患者さんはしゃべるので、得られる情報が作品より豊富で、診断時間は非常に限られているので、スピーディな取捨選択が求められるのかもしれません。(展覧会や原稿にも締め切りありますが…。汗。)
さて、森永さんによれば、欧米では医学部のカリキュラムの中には、対話型の鑑賞を活用したアート教育を取り入れられている大学も多く、それを参考に勤務先の獨協医科大学でも3年ほど前から、独自の実践を重ねられてきたそうです。この試みを一層進めるために地元美術館との連携を図りたいと考え、2年前に宇都宮美術館にお声がけをいただきました。
その後、コロナの影響で、なかなか進められなかった協働ですが、昨年12月に、次年度以降のパイロット版として、有志の獨協医科大学の学生たち6名とオンラインによる対話型鑑賞に取り組みました。
2ワシリー・カンディンスキー《浮遊》油彩、カードボード1927年
3マルセル・デュシャン《泉》セラミックの便器(市販品)1914-1917年
4やなぎ みわ《夜半の寝覚め》タイプCプリント、アクリル密着加工1999年
5クレス・オルデンバーグ《中身に支えられたチューブ》ブロンズ,
鉄,
ポリウレタン・エナメル 塗装 1985年
6フェリックス・ゴンザレス=トレス《無題(青い偽薬)》 キャンディー 1991年
※著作権の関係で、画像は掲載していません。リンク先は該当作品ないし類似作品等へのものとなります。
いわゆる具象的な風景画はなしで、抽象絵画や現代アート作品を、内心かなり冷や冷やしながら、中心に取り上げる作品を選びました。しかし、いざ始まってみると、森永さんの講義を受けたことがあるメンバーだったためか、正確な記述に基づいて、鋭い解釈がたくさん出てきました。
特に目を見張ったのが、やなぎみわさんの《夜半の寝覚め》の鑑賞でした。展覧会の作品紹介でもよく語られるジェンダー、デストピア、消費社会といったキーワードがあっという間に出揃いました。そして、社会批評や政治的主張に収まりきらない、美術作品ならではのそれぞれの「物語り」をどんどん膨らませてくれました。
ご協力いただいた学生の皆さんを対象に、森永さんが実施後にアンケートを行ったところ、「診療時のスキルアップに役立ちそうと感じた」には、100%の学生さんが「○」をつけてくれたそうです!
2月20日のあーとネットとちぎの月例会では森永さんをゲストに、この実践報告を行って頂きました。先行研究の一部ではアート教育により、将来診療に必要な下記のような能力育成に繋がるとのことです。
① 観察力(診断力)observation, diagnostic skills
② 共感力 empathy
③ コミュニケーション力・組織運営力 team building,communication
④ レジリエンス(回復/適応力) promoting wellness/preventing burnout
⑤ 文化的感受性 cultural sensitivity
今後授業を発展していくに当たり、全体〜各コマでの構成や学習目標の設定などを踏まえてのふさわしい作品を選定していくヒントをもらう事ができました。普段サイエンスとは縁遠い、あーとネットとちぎのメンバーにとっても、刺激的な報告となりました。
次年度以降の医科大学と美術館という新しい連携に向けて、医療者の育成に役立てるよう、そして、参加者のニーズに合わせた作品選定、対話の引き出しを持てるよう、取り組んでいきたいと思います。
以上、獨協医科大学と宇都宮美術館での新たな鑑賞教育の試みについてご紹介しました。最後に、森永先生から頂いたコメントを紹介します。
私がこれまで取り組んできた対話型鑑賞を軸にした医学教育の実践を、2022年度から宇都宮美術館と協働させて頂ける予定となりました。日本国内ではまだ類を見ないプロジェクトが動き出しそうで非常にワクワクしています。
そもそもは自分の名探偵のような一瞥、少しの対話から鋭く診断に至りたい!という幼くも薄れることのなかった憧れが根本にあります。でもいざどのようにトレーニングしたらそういった観察力や問診力、洞察力が身につくか、となったときに答えが見つからずに悶々としていたところに出会ったのが”アート”の力だったのです。そして更に診療や教育の現場に落とし込んでいくヒントになるのが”対話型鑑賞”という鑑賞デザインだと考えています。3年前から医学生に対して授業を開始し、学生さんの発言力の向上などから効果を確信し、いくつかの先行研究や欧米圏の大学のシラバスなども有益な情報源としながら、現在も講義を継続しブラッシュアップを続けています。
医学が飛躍的に進歩している今だからこそ、検査等のデータだけでなく、医療従事者が対話型鑑賞で磨いた観察力や言語力、コミュニケーション力を駆使して、現場から得られる判断材料を増やし、患者さんと協力しながら病に立ちむかっていくことが、正しい方向に医療が進歩していくのに何より重要になってくると感じています。
日本人は恥ずかしがり屋が多く、言葉が少ない、ディスカッションなれしていないと言われがちです。でもその感性の豊かさや独自の美意識は海外に引けを取るどころか、むしろこれからの予測困難といわれる複雑な社会を生き抜く上での有用な力を持っているのではないでしょうか。狭い意味での美術作品だけでなく、日本の誇る漫画(コミック)の余白表現(例:タッチで達也は肝心な時にしゃべらない。)を、読者は習うこともなく読み解くスキルや文化を持っています。漫画を読む際にできて、診療の場で出来ないはずはありません。
これから宇都宮美術館と協力して、文化的背景を考慮し、活かした日本独自の対話型鑑賞のプログラムを創り実践していきます。いつの日か国内でも同じ志を持った仲間が増え、切磋琢磨しながら、各地でも個性的なプログラム様々な教育・医療機関で開催され、そこで育ったメンバーが血の通った診療を行って日本の医療を変えていく、こんな未来を考えると、今から胸が高まります。
今後の進展や実践報告などは、当ブログや私が教育事業としてミルキクのHPやSNSを通じて発信していきますので、関心のある方はぜひまた覗いてみて頂けますと幸いです。
ゲスト 森永康平(獨協医科大学、ミルキク代表、とちの葉クリニック院長)
あーとネット月例会メンバー 小堀修司(宇都宮美術館)
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